家庭経済は国家経済の基礎で、家庭教育は国民教育の根本である。而《しか》して家庭の風儀は社会の風儀の泉源《せんげん》であって、家庭の元気は即ち国民の元気でありとすれば、女子教育の国家に必要なる、素《もと》より其所《そこ》でありましょう。ことに内地雑居となった暁《あかつき》には、私交上に女子の技量を要する事、恐らくは今日の意想外でありましょう。私交上、女子の位地の重要なる事は、国際上に個人としての政治家の位地が重大なるに彷彿《ほうふつ》しておる。これただ二、三の例証に過ぎませんが、人生の各局部に於て陰に陽に女子が国家の富強に及ぼす映響の莫大なるは、今更|言《こと》新しく陳《の》ぶる必要はありません。されば内に国力を養い外に国光を発《はな》たんには、是非とも女子教育を盛大にせなければなりますまい。
初出:1897(明治30)年3月25日
文学作品より当時学校の様子、学生生活の輪郭を読み解く。