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明六社
富国強兵のためには人材育成が急務であり、「国民一人一人が知的に向上せねばならない」。1873(明治6)年、欧米で学会を見聞した森有礼は、日本でも学会を実現しようと働きかける。福澤諭吉・加藤弘之・中村正直・西周・西村茂樹・津田真道・箕作秋坪・杉亨二・箕作麟祥らと共に、啓蒙活動を目的として明六社結成。旧幕府官僚で、開成学校・大学南校・医学校・大学東校の関係者および慶應義塾門下生が会員に。また、学識者のみでなく旧大名、浄土真宗本願寺派や日本銀行、新聞社、勝海舟ら旧士族ほか錚々たるメンバーが参加。機関誌『明六雑誌』発行、開化期の啓蒙に指導的役割を果たす。後に福澤諭吉を初代会長とする東京学士会院、帝国学士院を経て、日本学士院へと至る流れの始原となる。
発起人社員 :
津田真道
主な会員 :
杉田玄端
杉浦弘蔵
秋山恒太郎
前島密
長與專齋
早矢仕有的
エドワード・ハリス
奥平昌邁
荘田平五郎
沼間守一
古沢迂郎
福地源一郎
島地黙雷
吉原重俊
四屋純三郎
藤野善蔵
松田道之
亀井茲監
伊達宗城
高橋是清
石川舜台
久保田譲
サミュエル・ロビンス・ブラウン
植木枝盛
勝安芳
南条文雄
菊池大麓
外山正一
箕作佳吉
渡部温
浅井晴文
ウィリアム・グリフィス
大槻文彦
柏原孝章
神田孝平
九鬼隆一
阪谷朗廬
清水卯三郎
世良太一
高木三郎
田中不二麿
辻新次
津田仙
富田鐵之助
畠山義成
肥田昭作
古川正雄
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